2008年10月19日 (日)

ハリウッド共同墓地でゴシック・パーティー ~ルドルフ・ヴァレンティノの墓前前~

22602893_3613661540






昨日はハローウィンのイベント一種なのでしょうか、
ハリウッド・スターのお墓が集結している有名な墓地、
Hollywood Forever Cemetery(ハリウッド共同墓地)
で開かれたイベントに行ってきました。
http://www.labsinthecestlamort.com/

イベントの内容はかなり充実していて、墓地内の「Mausoleum」
(辞書でみたら廟、びょう、みたまや、おたまや、
ほこらと書かれていましたが、たくさんのお骨が集められた
共同墓地みたいなところでした)という、
ゴージャスな建物内で、1920年代スタイルの
Janet Klein and Her Parlor Boys(ジャネット・クライン)の
音楽を聴きながら、19世紀に一世を風靡した
(中国では2世紀、西洋では17世紀から使われていたという)
スライド映写機「Magic lantern(幻灯機)」の上映会と、
Universal Studioのプロのドラキュラによる、
女性とのドラキュラ・パントマイムを見て、
度数の高さと幻覚を見せることから、
一時は発売が禁止されていたお酒、
「Absinthe(アブサン)」を飲みまくろう! という、
アーティスト好みのお洒落な感じでした。

日本でお寺でコンサートはあっても、
墓地の真ん中ではさすがにイベントはありませんよね。
そこらの大らかさがアメリカというか、なんというか。



イベントの主催者は、Steve Allen Theatere
(しかしSteve Allenとはまったく関係ない名前のみ)
のブッキング担当者のAmit Itelmanです。
彼のおかげでSteve Allenは近年、スタンドアップ・コメディ、
パンク・ライブ、ショート・フィルム上映会、Cartoon上映会、
ルーツ音楽ライブなど、特殊なサブカル雰囲気を持った
場所になりました。

そして前の日記で紹介しましたが、
特に若手/中堅のコミック・アーティストを使った
無料配布の季刊パンフレットは素晴らしいです。




高速を降りて、パラマウントのスタジオを通り過ぎ、
大きな敷地を持つHollywood Forever Cemetery内に入りました。
夜の8時をまわる頃にはすっかり日も暮れて辺りは真っ暗。
十字架、銅像、墓石が並ぶ道を車で通り抜け、「Mausoleum」に到着。
噴水の光と、月明かり、暗闇に連なる墓石、
青く光る大きな「Mausoleum」に圧倒されました。

22602893_586160334















室内に入ると、縦に長い空間が広がっていて、
奥のほうにステージが設置され、壁の白いカーテンに、
Magic Lanternのスライドが試し写しされていました。

22602893_29485597






会場内

室内は冷たい大理石のような質感で、キリスト教にまつわるであろう
石造がボンボンと置いてあり、その時は真っ暗だったので、
天井の高い室内に壁一面そびえる墓標の山が、圧巻でしたわ。

脇に大きな4つの通路があり、ちょこちょこと歩いてみると、
やはり墓標の山、そしてガラスケースに仰々しく
飾られている骨壺たち。

すべての突きあたりに、「Absinthe(アブサン)」用の
バーカウンターが設置され、暗闇の中で白く激しく光るカウンターは、
ビジュアル的に「天国」の入口のようにみえて、
会場の雰囲気にあった、いい仕事してるなぁと思いました。

22602893_3367810606






「天国」前 Janet, Chantel, me

向かいから歩いてくるFlepperは、
友達のBurlesqueダンサーのChantel。
モデル並みの長身でスタイル抜群なChantel。
とても2児の母だとは思えません。



墓地に眠る有名な映画人といえば、
Douglas Fairbanks(ダグラス・フェアバンクス)
Cecil B. DeMille(セシル・B・デミル)、
Rudolph Valentino(ルドルフ・ヴァレンチノ)です。
なんとヴァレンチノのお骨は「Mausoleum」内に
収められているとChantelから聞き、案内をしてもらうことに。

ああ、20年代最大のセックス・シンボルで画面から世界中の
乙女を失神させ、濡れさせたルディー…。思わず記念撮影です。

22602893_490984000






あとの2人もお墓の場所も調べておけばよかったと思ったけど、広い敷地内。
昼間じゃないと迷いそうです。



会場を見渡すとレトロ系、アーティストっぽいゲイ、ゴス、アート系、
となかなか幅広いジャンルの人たちが集まっていました。
ジャネットのステージがはじまる前に「Absinthe(アブサン)」を
ゲットしようと思ったら、すでに4か所とも長蛇の列。
Flapper友達と並んでいると、珍しがられスナップを撮られたりしました。

「Absinthe(アブサン)」は薬草系のリキュールの一つで、
40度から高いものだと89度まであるそうです。

私は一番純度の低い物を選びました。
グラスにリキュールをついでもらい、
そのあと、自分でグラスに「Absinthe(アブサン)」用の
穴の空いたスプーンと砂糖をのせて、
ゆっくり水を垂らして砂糖が溶けるのを待ちます。

緑色のトロっとした色、お酒に無頓着な私には、
今まで嗅いだ事のない独特な匂いに感じました。

味も癖のある凝縮したハーブ・ティー 飲んでいるような。
そしてもちろん酔いのまわりが早いです。



22602893_2219891505






本日のジャネット・クラインのパーラー・ボーイズは
私が最近最も好きな編成、古典漫画の「博士」風の
風貌のギター&バンジョーのJohn Reynolds (ジョン・レイノルズ)
ドイツ人のバイオリン弾き Benny Brydern (ベニー・ブライダン)
ご機嫌酔っ払いバンドHobo Jazz のフロントマン
のMarquis Howell II (マーカス・ハウエル)に
ディキシーランドからモダン・ジャズまで
カメレオンのように吹きわける、
コルネット&Cメロディ・サックス
(30年代に全盛を極めたサックス、今では誰も弾いてない)
Corey Gemme(コリー・ジム)の4人です。

男前4人組は墓場らしく黒い服で身を固め、
素晴らしいダンス・ミュージックを我々に提供してくれました。

そして、普段から「obscure(暗い;不明瞭な; あいまいな; 世に知られない)」
という言葉で自分を形容しているジャネット。
囁くような歌声が不気味で無機質な建物と響きあい、
絶妙な雰囲気を醸し出していました。

私といえばFlepper友達のChantel、Nicole、Natalieと
一緒に酔っ払い、チャールストンやその他のダンスを
踊って盛り上がりました。彼女たち3人は最近、
Burlesqueのステージで1920年代~30年代スタイルの
ダンスを踊る、The Follies Sistersをはじめました。
My Spaceに様子がのっています。可愛いですよ~。


22602893_3231562499






Natalie, Nicole, Chantel



第1ステージが終わり待ちに待った
「Magic lantern(幻灯機)」の上映会。
19世紀後半に使われていたであろう、
中世のお話のスライドをファンキーな
学芸員風のおじさんが 物語風に語ってくれました。

まぁ、ただのスライド・ショーなので、
とっても興味深いということで、
そこまで盛り上がりませんでした。
たぶんもっと下世話なスライドが手に入ったら、
もっと盛り上がるんでしょうね。

予想外だったのが、ドラキュラのパントマイムのおじさん。
ドラキュラが女性の血を吸って、仲間にするところまでを
コミカルに見せてくれて、絶妙にダンスを取り入れ
アクロバットをまで 見せてくれて見事でした。



第2ステージがはじまる頃には、会場、外は酔っ払いだらけ。
そこらじゅうでけたたましい笑い声と、
グラスの割れる音が響いていました。とてもいい感じです。

そしてステージ前は乗りに乗った一部の観客たちが踊り狂い、
Flepper友達も酔っ払い、フラフラになりながら踊っていました。
私はちょっとしか飲まなかったので、いい感じのほろ酔い気分。
ジャネットの呼ばれて一緒に「My Blue Heaven」や、
「Bye Bye Blues」なんか歌ったりして、なんだかやりすぎ?



12時をまわりイベントは終了。
素敵な物を見たり、飲んだり、踊ったり、歌ったり、
いろんな意味でとっても満足した、非常に良い企画でした。

お墓汚しまくりですが、来年も開催されるのでしょうか。
あったら行きたいな~。

(かずみ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 8日 (水)

9月27日 サンフランシスコ(その1)

もう旅行に行ってから1週間が経ちました。
記憶がなくなりそうなので、さっさと書かなくては~。



友人宅近くのカフェで朝食を食べてから、
電車とバスを乗りつぎ、ヒッピーの聖地
Haight-Ashburyに行ってみることにしました。

乗り継ぎの途中で立ち寄ったCastlo Streetは、
七色の旗を掲げるゲイ達が住む有名な街です。
白髪、髭、ハーレー・ダビットソンのTシャツを着る
オジサンたちの熱い抱擁とキッスは圧巻。
サンフランに来たなって、感じましたよ。

ロスの友人のお勧めの1922年に建てられた
スパニッシュ・バロック・スタイルの
The Castlo Theaterを外からちら見。
ゴテっとした装飾は圧巻でした。

その日のTheaterの内容は
ジェームス・ディーン特集だったので、
友人が鑑賞を拒否。
他の内容だったら中に入ってみたのに、残念。
私もここで「エデンの東」を見る気にはなれないわ~。




それにしても、バスに乗ったり、歩いたりしてると、
坂道に綺麗に立ち並ぶ古い家々がよく見れていいですね。
どこへ行っても、こじんまりとして美しい街並みです。
ウィスコンシンのミルウォーキーでも同じ事を感じました。
アメリカの古い街はこんな感じなんでしょうか。

さて、乗り継ぎもスムーズにいき、
Haight-Ashburyに到着しましたので、
比較的大きな道のHaight Street /Masonic Avenue降り、
Golden Gate Parkに向かって歩いてみることに。

さっそくHaight沿いの古着屋散策をはじめました。
歩いてすぐ左手に見えたのは、ロスのMelroseでも
有名な古着屋「Aardvark」じゃないですか。
ここは60年代~80年代の古着を中心に取扱い、
安くも高くもない良心的な値段なんですよ。
さっそくドレス・コーナーで1950年代前の
品がないか探しました。可愛い50年代のドレスは
ちらほら出てきましたが、
お値段が張ってサイズが大きいの却下。

店員さんに20年代~50年代までの品を取り扱っている
お店がないか尋ねてみたところ、ここから3ブロック先の
「La Rosa」という店がお勧めとのことなので、
早速、行ってみることにしました。



「La Rosa」にたどり着くまでに、
楽しそうな古着屋があるわ、あるわ。

立ち寄った中でも良かったのが「Held Over」と
VintageとNewを一緒に売っている女性下着屋さんの
「Dollhouse Bettie」。

「Held Over」は「Aardvark」のように
60年代~80年代の古着が平均的にそろっていて、
奥の1950年代コーナーはなかなか充実してました。

「Dollhouse Bettie」は店内もとっても綺麗で、
40年代、50年代風のレトロでセクシーなニュー下着と、
コンディションがとっても良い、
当時の下着が盛りだくさんでした。
でも、どれもお値段が張るので、保留に。
30年代のドロワーズは本気で買おうか迷いましたよ。
大人になったら買ってやる。涙



そして、ようやく「La Rosa」に到着。
目に入ってきた店長風の男性の、
30年代の小粋なニットのベストに帽子を見た瞬間。
「きた~~~っ!」と思いました。

まずはショーケースに入っている
20年代~30年代高そうなビーズのポーチを鑑賞。

そして、その上にひっそりと置いてあった
20年代の後半~30年代前半の形した靴に一目ぼれしました。

サイズを確認すると「6 1/2(23.5 cm)」。
私のサイズです。Yes!!!!!

親切そうな女性店員さんに案内されソファに座って、
早速、靴を試してみると、まるでシンデレラのように、
ピタっと足にあったのでした。その瞬間、私は最高に幸せでした。
ある意味、靴は探すのって難しいですよね。邂逅ですね。

21755331_3860155626







マイ・シンデレラ靴

他にもその時代や、エドワリアンのブーツなど、
とても良いコンディションの靴が、手頃なお値段で
たくさんあったので驚きました。

が、なるほどと思ったのは、
この時代の靴ってサイズが小さいので、
現代の平均的なアメリカ人女性では
到底入らないサイズみたいです。
私のサイズがぎりぎりで、もうちょっと小さいぐらいです。
なので小柄のモガさんはアメリカで靴を探したら、
出物に会えるかもしれません。

私は図体の割に足が小さいので、
それだけは感謝です。

その後、ドレスをチェックしました。
20年年代~50年代まで素晴らしい品揃えですが、
私には値段が高すぎる。

とても欲しかったのが、1930年代のシンデレラ・カットの
コットンのカラフルなロングドレス(ヒラっとした蝶の襟)が
300ドル(250ドルにまけると言ってましたが)。
泣く泣くあきらめました。

あと、地元のデザイナーが作るフェルトの
20年代風の帽子が素晴らしかった。
Behidaさんっていうらしいですが、
断髪の私がかぶったらピッタリでしたよ。

HPに何点か写真が載っています。
http://www.yellowfield.net/Home.html

帽子もドレスも買えませんでしたが、
私にはシンデレラ靴があるからいいのです。



それから1890年代~という看板を掲げた向かいの
「Decades」というお店に行ったら、
また20年代~30年代、当時のドレスが出るわ、出るわ。
これもまたお値段が高いので断念しました。

結局、ウールのベレーにボンボンがついた
帽子を買いました。

何となく、ゴダール映画に出ていた
アンナ・カリーナがセーラー服姿の時に
かぶっていた帽子をイメージして買いました。

この店では、何だか脇道にそれてしまった~。



初めて行く土地で、たくさんの古着屋をまわると、
欲しい物がたくさんの中で、厳しい選択をしなければならないので、
自分はどんな物が欲しくて、どんなポリシーを持っているのか
明確になります。

例えば、私はコレクター志向ではないので、
高いお金を出して、無理して当時の物を買おうとは思いません。
そして保存しておくより、むしろそれを使いたい派です。

60年代、70年代の物でも、ニューなものでも、
戦前風にみえて可愛いくて手頃な値段であれば、
私はそれでいいと思っています。

新旧の混同が、むしろ
新しいファッションスタイルかと思います。



結局、袋を抱えてThe Golden Gate Parkについたころには、
足が痛いし、暑いわで、とても公園の中へ行く気になりません。
なので引き返して、Fisheman's Wharfに向かう事になりました。

本物のヒッピーもなんとなく見たし、
ゴスキッズに写真を取られたし、
結構楽しかったな。

(つづく)
(かずみ)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年10月 5日 (日)

9月26日 サンフランシスコ

友達の友達がサンフランの
Academy of Art Universityに通っていて、
ダウンタウンのアパートに泊っても良いと聞いたので、
ロスから友達と飛行機に乗り、遊びに行ってきました。



26日の昼間に出発。
予約をしたアラスカ航空のターミナルに行ったら、
アメリカン航空と合同便なので、
アメリカンの違う(遠い)ターミナルに行けといわれ、
出足からつまずいた感じ。

さすがアメリカ。
そういうことは、予約時に事前に教えておいてください。
重い荷物を持って遠いターミナルまで歩きましたとも。

アメリカンの飛行機は小さくて、フライト中は常にゆれまくり。
そして降下をはじめた時、突然、目に激痛が。
気圧の関係で目の血管が収縮したのでしょう。
友人も足の欠陥が、破裂しそうだといいはじめました。
周りを見ても苦しそうなのは、アジア人の私たちだけみたいです。



そんなわけで、サンフランに着くまでに
かなり体力を消耗した私たちですが、空港に着いてからは
スムーズに街に出れてひと安心。
車がないと移動できないロスとは違いますね。

とりあえず、友人の授業が終わるまで、
ケーブルカー走っているPowell street周辺で
腹ごしらえをすることに。

ちょっと歩くと古そうなレストランの看板を
見かけたので、入りました。友達とクラム入りの
Linguineとアスパラをシェアしたら、これが美味しかった!
さすがサンフラン。ロスに比べて食レベルが高い!

21755331_935583548_2







その後、3時間も空けずに50年代スタイルのダイナーで
「フィッシュ&チップス」を食べる私たち。
どんだけ食いしん坊なんだ。


21755331_793096033







飲み物はもちろんチェリーコークよ!



友人のアパートはBush streetというダウンタウンにほど
近い場所で、もちろん丘の上に建ってます。
古そうなお洒落なビルディングで、
やはりロスにはない感じでした。

友人のよっさんはサンフランに越したいと興奮気味。
ちょっと憧れちゃいますが、私はロスのだだっ広く、
何もないところに無理やり街を作った感が
アメリカ(私が思う)っぽくて、いいんですけど。
(かずみ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月23日 (土)

アル・ジョルスンの遠距離恋愛

LARRY PARKS in "THE JOLSON STORY" (1946)



数日前に近所のビデオレンタル屋で
「アル・ジョルスン物語」(1946年)を借りました。
卒業論文を書いていた時にチラ見しただけなので、
あんまり話がに面白くなかったという事しか
覚えてませんでした。

再び見た感想は、やっぱり話は面白くなかったけど、
個人的に興味深いところが何点かありました~。

1946年にコロンビアで作られたこの映画は、
20世紀初頭のブロードウェー&ハリウッドで
大成功をおさめたシンガー、アル・ジョルスンの
半自伝的になサクセス・ストーリーです。

自伝といってもこの頃は本人も現役で、
バリバリに顔をきかせていたので、
ジョルスンに否定的なところは一切出てこない、
ストーリーが進んでいきます。
見終わった観客は、たぶん、ああ、なつかしい歌だ、
ジョルスンって凄いね、歌が本当に好きなんだね、
何て感想を持つような感じです。

それでも当時では「風とともに去りぬ」以来に
ヒット映画だったらしく、アカデミーを6部門受賞し、
1949年には「ジョルスン再び歌う」続編が作られたました。

津野海太郎先生の授業の話では、
はじめ、ジョルスン自身がジョルスン役を
演じたかったらしいですが、さすが60歳近い初老の男性が
10代~30代を演じるのは微妙だと判断されたため、
オーディションをする事になりました。

その役を射止めたのは、当時まったく新人のラリー・パークス。
ジョルスンに背格好が似ている理由で抜擢されたそうです。
パークスはジョルスンの、分かりやすい動きを
しっかりコピーしていて、たいしたもんでした。
でも、歌はジョルスンたっての希望で本人が
吹き替えしたそうです。(独特の声ですし)

その後、パークスは大スターになるのですが、
不幸な事に1950年代、共産党に入っていたことがばれて、
「ハリウッド・テン」として、悪名高い赤狩りの犠牲者になりました。
その後、ハリウッドから追放され仕事も無く、
60年代に心臓発作でお亡くなりになりました。(涙)

そうそう、興味深かった事はジョルスンが
「ミンストレル・ショー」楽団で働いていた時
立ち寄ったニューオーリンズのシーンで、
最先端のジャズを演奏する「黒人」と接して
積極的に取り入れようとするシーンです。

「ミンストレル・ショー」は1800年代にボードビル劇場で
一生を風靡した芸で、白人が顔を黒く塗って、
ステレオタイプの「おばかな黒人」を演じながら歌い踊る、
きわめて差別的ともいえる、アメリカポピュラー音楽史上で
最も物議を醸し出しているショーの一つです。

ジョルスンはまだ劇場では人気があった、
「ミンストレル・ショー」に参加し、
そこで新しい音楽だったジャズを巧みに取り入れ、
一躍ビックスターの座に躍りでたのです。
そのスタイルは生涯にわたり系統することになりました。

ところで、どこかで見たジョージ・ガーシュインの伝記映像の中でも、
彼が黒人の教会に通うって感銘を受けるシーンがあって、
そことダブりました。そして、ガーシュインも
ジョルスンと同じくユダヤ人です。

あはは、これ実は卒論の題材だったんですよ。
その時は、うまくまとまらなかった事もあり、
生涯の研究項目になりそうです。

そしてジョルスンは生涯で何度か結婚し、
映画の中ではジュリー・ベンソン(Julie Benson)
という女性と結婚をします。

その人は名前は違いますが、
ジークフェルト・ガールとして人気が出て、
その後、ワーナー・ブラザーズで変態振付師&映画監督の
バスビー・バークレイと何本もヒット作を作った、
女優&ダンサーのルビー・キラー(Ruby Keeler)です。

結婚した当時はジョルスンがワーナーで初のトーキー映画、
「ジャズ・シンガー」の撮影をしていた時。
映画が成功後、ワーナーのお偉いさんにジョルスンが
ルビー・キラーを紹介したのでしょうね。
結果として彼女の主演で撮った「42番街」は、
バスビーの機械主義的に幾何学模様を作る、
斬新な振り付けのミュージカル・シーンと
可愛らしいルビーのタップダンスに
爽やかな男優ディック・パウウェルが受けて、
大ヒットになるのです。

当り前の事だけど、文章で「ルビーが映画デビューしたきっかけは
ジョルスンだった」と今まで読んだことがなかったので、
今回、この映画を見て初めて気がつきました。

案外、ハリウッドで働くジョルスンは
ニューヨークでジークフェルト・ガールとして働いていたルビーとの
遠距離恋愛がつらかったから、ハリウッドに来いよ!
って誘ったのかもしれませんね。笑

Ruby Keeler "42nd Street Title Number"


(かずみ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月21日 (木)

連載 第3回 「週刊モガ」 毎週深い内容ですね!

連載 第3回 「週刊モガ」 
苦手な物と身近な物と

今週も、「日本モダンガール協會」の淺井カヨさん
による「週刊モガ」が更新されました。

電気冷蔵庫のない暮らしは余分な物を買えないので、
ゴミが減るという前回のお話から続いて、
ゴミのお話からはじまりました。

それからカヨさん苦手な現代の物と、
愛してやまない物への想いが綴られています。

カヨさんの生活ぶりは、まるで北欧で最も熱心に
エコロジー実践してる人たちのようです。
過剰包装は避ける。生ゴミは肥料に。古紙はリサイクルに。
環境に優しい生活ですね。

そこから、カヨさんが唯一大量に出している
ゴミ(?)があるという話につながります。
それは「切符」だそうです。

過剰なハイテク機械が苦手で、
現代のキャラクター商品を持たないという、
硬い誓いを立てているカヨさんにとって、
JR東日本の「スイカ」は天敵です。

「スイカ」や「パスモ」ICカードは、
電車利用回数が高い日本では、
確実に主流になってますよね。
そのうち切符を通せる改札が減り、
近い将来、切符はなくなるような気がします。
日本は新しい物の導入が恐ろしく早いですし。

確かに便利なんですよ。これらの商品は。
私もこの前、財布を忘れて家を出てしまいましたが、
でも、新しく買った携帯にお財布機能があり、
それを使って昼食も購入することができ、
一日を何事も無く過ごせてました。(苦笑い)

私は古い物を愛する一方で、
SF的な未来の雰囲気に憧れたりするので、
ハイテク機器が「カッコイイ」とか思ってたりして。
特にレトロ・フューチャーっていわれる、
昔(戦前のほうが良い)に思い描いていたデザインとか、
ユートピア的な未来科学都市にはめっぽう弱いです。

現代以外の場所だったら何処でもいいのでしょうか、私は。

その他、レジの音、自動ドア、エレベーター、
エスカレーターも、カヨさんは苦手だとか。
そうなると都会で生活する事がかなり困難です。
でも、都会にいてこそ「モダン・ガール」だし、
そこはバランスが要求されますね。

カヨさんは昔の日本の生活様式と、
西洋化/近代化が始まった折衷地点として
大正時代を選び、大量消費社会がはじまる
一歩手前の生活様式を実践しながら、
「都市」近郊でよりよく生活する方法を、
考えてらっしゃいます。
地に足をついた生き方に、いつも感服致しますよ。

私はもっと半端者なので「都市」でどうやって
お洒落で、面白い遊びをするかって事を考えて、
大正・昭和初期の文化たどりつきました。
市場のないところで、楽しい事をする。
これは若者の鉄則ですよね。

そして「都市で仲間と遊ぶ」って言うのが
とっても重要です。私は郊外で育ちましたが、
近代のモンスター「都市」なしでは
つまらないくて生きていけないと思います。

あと、庶民だけど、華やかにお洒落をして、
それまでの女性の規範をぶっ壊して断髪をし、
最初に「都市」で楽しい遊びはじめた
アメリカの「フラッパー」の可愛いさ、
ぎこちなさ、上品さ、マニッシュ/フェミニンさ
など、バイタリティあふれる姿に憧れています。

戦後の文化は破壊・攻撃的なので、
小動物の私には、なんだか馴染めませんでした。
戦前(特に20年代)の文化は、
現代では、チャラチャラしてて、可愛くて、
害がなさそうにに見えて、実はとっても下品なところが、
素敵ですよね。

「フラッパー」は私なりに見つけた
「都市」で暮らす方法(遊び)なんです...。(ふふふ)

一点。
私も馴染めない機械が少々。
センサーの反応が鈍いヤツとか、トイレが勝手に流れる事とか、
エレベーターの扉には挟まれそうになるのに、「イラ」っとします。
過剰ですかね。

(かずみ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月15日 (金)

狂乱の20年代と悪夢 の「ハッピー・フィート」

Paul Whiteman - King of Jazz trailer (1930)

"King of Jazz"と言えば1930年にUniversal Picturesが、
当時最も有名なバンドマスターだった
ポール・ホワイトマン(Paul Whiteman)を起用し、
音声付+2色テクニカラー(最新技術)を駆使して作った
ミュージカル(ボードビル)映画です。

しかし、60年代以降はかなり評価が低くなってしまったでしょうね…。

え? なぜって。
それは「黒人」を閉め出し「白人」が完全にジャズを
自分の手柄にしたように描いているって悪名高い物に
なってしまったからです。

キャストは全部白人。

ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」を高々に掲げ、
フィナーレの「メルティング・スポット」は、
「西ヨーロッパ」+「ロシア」っぽい民族衣装の軍団が鍋の中に入り、
出てきたらアメリカナイズされ、タップを踊りジャズを演奏してます。
まさに当時の世相を凄く反映して、
ルーズベルト&ニューディールが万々歳です。

でもね…でもね…でもね…、それでも好きな映画なのよ。
それでも当時のポール・ホワイトマン楽団は凄かった!

20年代のジャズの有名どころは、
やっぱり彼が押さえていたし、
その(恐慌を生き残った)オールスターが
この映画には勢ぞろいしているのです。

演奏、ダンス、喜劇、寸隙、アニメーションなど、
短いショートフィルムが目まぐるしく繋いであるので、
少し雑に見えますが、物凄いパワーだけは伝わってきます。
当時を知る上で、かなりの貴重価値のある資料です。
(Joe VenutiとEddie Langの演奏もカラーで見れるし、凄すぎる)

私は女性コーラス・グループのThe Brox Sistersも好きですが、
ビング・クロスビー(Bing Crosby)率いるThe Rhythym Boysが歌う、
"Happy Feet"のシーンが死ぬほど好きです。
これほど悪夢に近く、テンションの高い映像は、
そうそう見れるものじゃないです。

なんか"Roaring 20s"(狂乱の20年代)を
生き抜いた人達の底力というか、
やけくそ具合と、スピード感は圧倒的。

あとこの"weird"な感じは、ディズニーもそうだけど、
ジャズがハイ・カルチャーになった時、
ポイしちゃった部分なんですよ。たぶん。

整備される前。
マックス・フライシャーの短編を見て
「ヤバ!」って思う瞬間。

私は「それ」を発見するたびに、
最高に爽快な気分になります。

3つに別れているけど、
Youtubeで見れるから"Happy Feet"をチェックしてね。

まず冒頭から映る靴が気持ち悪いでしょ。

頬を真っ赤に化粧をいっぱい盛った
The Rhythym Boysははっちゃけてるでしょ。

その後、出てくる歌の下手な
女性2人組のダンスは何かを摂取した後みたいでしょ。

足がゴムのように曲がるAl Normanの有名なダンスは、
かなり危ない人でしょ。(ブレイク・ダンスっぽい)

タップダンスのライン・ダンサーズは
足音を鳴らしてこちらに迫ってくるでしょ。

最後はデブのホワイトマンが踊りだすでしょ!

ああ、最高! ナイトメアのようだわ!

(かずみ)

King of Jazz: Happy Feet: Part 1 of 3


King of Jazz: Happy Feet: Scene 2 of 3


King of Jazz: Happy Feet: Part 3 of 3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月13日 (水)

ジャネット・クラインのFUJIROCKレポートの2

Janetrain_6046w






photo by Duog

気を抜いていたら、ジャネット・クライン(Janet Klein)の
フジロック関係の記事が竹の子のように生えていました。
リンク張りま~す。

しかし、フジロックではかなりの好印象ですね。
私も妹分として超鼻高々。(私は何もしていない)
成田空港でもサインをせがまれていました。
すっげ~、ジャネット有名人。

フジロッカーズ.org 2008
アーティスト情報 : Janet Klein (ジャネット・クライン)

2008/7/27 3日目
JANET KLEIN at Gypsy Avalon
雨に唄えば
Reported by taiki

写真レポ
Reported by Nozomi”wacchy”Wachi



English

2008/7/26 2日目
Janet Klein and her boys at Orange Court
She sings old songs
Reported by Don Coglione

Past Perfect (Part II)
Janet Klein Interview
Reported by Jason Jenkins

(かずみ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月12日 (火)

大正ロマンチカ 中日新聞に!

浅草で骨董屋の「東京蛍堂」を営む稲本淳一郎さんが
主催する大正時代愛好家集団、「大正ロマンチカ」の活動が、
中日新聞で紹介されたそうです!

着物にこもる「大正ロマン」 
東京の愛好団体が整理作業

中日新聞 インターネット (7月24日付)

メンバーのカヨさんが、先月のさる数日、
ちょっと恵那市明智町の日本大正村に行ってくると
仰っていましたが、大正村の貯蔵品の
着物の整理をしていたのですね!

11月には、村内である文化祭で
初の着物のファッションショーを開く予定だとか。
あと3年で大正暦でいうと100年を迎えるそうです。
それに向けてガンガン活動してってください!

お手伝いできることがあったら何なりと。

(かずみ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 9日 (土)

コシミハル"Le judas"Music Hallのレポート!

"Le judas"


Caramel Mou


8日(金)にコシミハルさんのコンサート、
初台の新国立劇場に行ってきました!!!

暑苦しい話ですが、
1998年の代官山「Evening Cafe」に行って以来、
単独公演があれば欠かさずに行ってますね。
98年当時、高校生だった私には、
ミハルさんのモダンな雰囲気に圧倒され、
次の日に知恵熱を出しました。今日の私があるのも、
その日が原点だと思います。

初台の駅でキュートなお帽子と紺色のワンピで登場した、
ジプシーバガボンドのボーカル、秀子ちゃんと合流しました。
駅の外に出ると、夕方の6時半にも関わらず熱気でムンムンしてました。

会場に到着すると、相変わらずハンサムな瀬川昌久先生が!
ちょっとお話したら、先生は、
他の用事のためにその場を離れる事に。
リハだけ見て、お帰りになるようです。

興奮したご様子だったので、リハもよほど楽しかったのかな?
先ほど、先生はミハルさんに、こ~ゆ~変な若者たちが
あなたとコンサートをしたがっている、
と力を入れてご説明してくれたらしいです。

そして、デザイナーでミュージシャンの
VAGABOND c.p.a.の岡田崇さんをご紹介してくれて、
すべてを託し、その場を爽やかに去っていきました。
ちょっと、先生!

その日は初対面なのに岡田さんに本当にお世話になりました。
>ありがとうございました!

さてさて、コンサート会場は相変わらず素晴らしい客層。
お洒落なお姉様、小粋な老人、音楽マニア、
に囲まれると、いつも場違いな気分になり、いたたまれなくなります。
普段は陽気な遊び人に囲まれて、
バー、クラブやダンスホールでチャラチャラしてるぶん、
真面目な雰囲気に、何だかなじめないんでしょうね。

今回もコシミハルさんがダンス/アコーディオン/
ピアノ/ボーカルを担当し、
それに3人の美しいバレエダンサーと、ピアノ奏者、
ファゴット奏者がサポートしていました。
ダンスの振り付けは、いつもダンサーさん達と練りに練ってるとか。

暗闇に包まれて、作りこまれた美しい自然音、
絶妙な音響が流れだすと、会場全体に緊張感が走りました。

舞台の様子はいたってシンプル。
背景はカーテン。小道具は椅子3脚のみです。
今回のような「Music Hall」形式の場合、
1920年代~30年代のヨーロッパのモダンなサウンドを
連想させる、ミハルさんの音楽をバックに、
タイトな衣装を着た妖艶な女性4人が、
体の美しさを強調させ、艶めかしく、
時には激しくダンスを踊ります。

動物のようなポーズをとったり、
目隠しをして登場したり、
スパンキングのポーズをとったり、
寝そべって女子が体を絡み合ったり、
まるで金子國義の絵のような、
美しく背徳的な女性達を連想させます。

これだけ聞くと、さぞ高尚な芸術を展開しているんだろうと
思われるでしょうが、そうでもなく、もっとキャバレー的な
大衆文化のエッセンスをちらほら感じます。
それはミハルさんがシャンソンや
ジャズも愛しているからでしょうね。

彼女のステージは、20世紀初頭のパリのモダニズム芸術と、
大衆文化が凝縮されてます。その2点が絶妙にミックスされた、
ミハルさんの感性には脱帽します。
意外とこのバランス感覚を持ってる人っていないんですよね。



しかし、毎回「ムーラン・ルージュの歌」の時に回る
ミラーボールが絶妙なんですよね。
あんな空気の読めるミラーボールは見たことがない。

私たちには、ミラーボール回したり、頭に羽をつけたり、
テンガロンハットを被るには、まだまだ修行が足りませんね…。

公演が終わった後に、友達のウツボ君と合流。
関係者の方が、ロビーにたくさん集まっていらっしゃいました。

眼鏡がかっこいいギタリストの徳武弘文さん。
今月発売分のミュージック・マガジンでミハルさんに
インタビューをされた、ライターの宗像さん。
それに勇気を振り絞って、細野晴臣さんにご挨拶しましたよ。

細野さん曰く私達は「レトロ系」の人だとか。
それを聞いて、今後は「レトロ系フラッパー(モガ)」です。
と名乗ろうかなと思いました。

そして、昨年に制作したトム・マリオン&スウィート・ホリワイアンズ
のCDとジャネット・クラインの新譜をお渡しすることができました。
気に入っていただけるといいなぁ。
是非、ホリワイアンズのライブには一度、お誘いしなければ。
イケメン・パラダイスなので、是非、
お母様を連れてくるといいみたいな感じで。笑

そして瀬川先生の口添えと、岡田さんのご協力のもと、
私の10年ごしの暑苦しい想いは成就(?)しました!
ミハルさんとお話しちゃった。キャー!!
絶対に、イベントをやり続けて規模を大きくして、
横浜のニューグランドでミハルさんも呼んで、ダンパしちゃうもんね♪ 

まずは、皆と協力して日本一の
フラッパー・モガ・コミュニティを作るぞ!
これを叶えるまでは、まだまだ想いは成就した事になりません。

その夢がかなった暁には、
わたくしも晴れてミラーボールを回しますぞ!

楽屋前 かずみ、ミハルさん、秀子嬢
Miharukazhide








私の運命を変えた細野晴臣さん&コシミハルさんのユニット
1996年のSwing Slowのプロモっす。今でも超好きだ。

Swing Slow Good Morning,Mr.Echo

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年7月30日 (水)

ジャネット・クラインのFUJIROCKレポート

Janetben







photo by Duog

先週末おこなわれたフジロック・フェスティバルの
ジャネット・クライン(Janet Klein)・レポが、
FUJIROCK EXPRESS '08 にしっかりアップされていました!

私は現地に行けなかったのですが、
mixiやblogで様々な人の感想を見る限り、
「可愛い」、「予想外に面白かった」など、
チラ見のお客さんをかなりひきつけたようです。

EXPRESSのレポも好印象っぽかった。
やったね、ジャネット☆

2008/7/26 2日目
JANET KLEIN at Orange Court
日本フリークの歌姫が繰り広げた夕暮れのステージ
Reported by aco

写真レポ
Reported by Tsuyoshi Ikegami

2008/7/27
JANET KLEIN at 苗場食堂
めちゃ感動しました☆
Reported by takumi

(かずみ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月25日 (金)

ジャネット・クライン "Ready For You" Japan Tour 渋谷・横浜公演 まとめ

Img_2295








7月23日(水)渋谷 Duo Music Exchangeと
24日(木)横浜 Thumbs Up(サムズ・アップ)
Janet Klein (ジャネット・クライン)のライブ、
両日とも行ってきましたよ~~~!!!

今回で4度目の来日をむかえるジャネット・クライン。
バックのHer Parlor Boys(パーラー・ボーイズ)も
前回とは総入れ替えのフレッシュ(!)なメンバーでした。
プロフィールを調べてみたら超びっくり。
皆さん個性強すぎです(汗)

L_098cfd0f27a388a7fb0e88ff31bf0e52







サイレント期に大活躍したコメディ女優
ZaSu Pitts(ザス・ピッツ)のお孫さんで、
古典漫画の「博士」風の風貌の、
ギター&バンジョーのJohn Reynolds (ジョン・レイノルズ)
ちなみにかずみはこの人のハリウッドのライブに行った時、
Van Dyke Parks(ヴァン・ダイク・パークス)様を見ました。

サンタ・モニカ在住で映画音楽制作やアレンジなど、
幅広い活躍をしてるドイツ人のバイオリン弾き、
Benny Brydern (ベニー・ブライダン)

ロス近郊で活躍中の、ご機嫌酔っ払いバンド
Hobo Jazz のフロントマンの
Marquis Howell II (マーカス・ハウエル)

この3人+ジャネットの小編成ですが、
プロフィールからも判断できるよう、全員が曲者でしょうね。
かなり盛り上がったホァ~ット! な演奏でした☆



新作「Ready For You」から小粋なジャズ・ナンバー
"Who’s That Knocking At My Door? "や、
1910年製のホーンがついた怪しい骨董品バイオリンのみの演奏で、
ブルース調の"Sweet Papa、 Momma’s Getting Mad"。
デート後に名残おしく家に帰るカップルの様子を歌った、
"Walking My Baby Back Home" や、
毎回、そんな紳士がいるなら本当にジョージアに
行きたくなってしまう、"Sentimental Gentleman From Georgia"
を歌ってましたね。

横浜ではバンジョーの達人、
青木研さんとジョンのバンジョー早弾き合戦も凄かったですね。
本当に早すぎて火が着きそうでした。
あとジョンの手でおならのような音を鳴らしながら演奏する、
へっぽこ「キャラバン」も面白かったですね。笑

しかし今回のジャパン・ツアーでの最高の見所は、
ジャネットが新たな挑戦した日本語の曲ですよ!
渋谷のオープニング・アクトで、ジャネットの盟友、
大阪のイケメン戦前弦楽器職人さんSweet Hollywaiiansが
ロスに渡米した時にリクエストで実現した「青空」に「月光値千金」。
前回のツアーでも歌っていた「バイ・バイ・ブルース」。
全ての曲の日本語の歌詞は、知られざる戦前のビック・スター
川畑文子さんのバージョンから拝借したようです。
そこには並々ならぬこだわりが、あるのでございますよ…。

極めつけは…(ネタバレ注意)
マーカスと歌う愛すべき酔っ払いソング"Have a Martini! "
を歌い終わるや、いきなりマーチ調に。
我等の酔っ払いソング「酒が飲みたい」
歌いだすじゃないですか!

「酒を飲みたい」は昭和一桁の年代に、特派員として滞在していた
バートン・クレーン(Barton Crane)がお座敷で歌ってたものを、
レコード発売したところ、空前のヒットになったという、
ヘンテコりんな日本語の歌ですよ。
最近はCDリイシューは記憶に新しいですね。

可愛くて、元気で、お惚け度満点のジャネットが歌う
「酒が飲みたい」は、新たな魅力いっぱいで、本当に最高でした! 
会場中が笑いの渦に包まれて、
渋谷ではジャズ評論家の瀬川昌久先生
小唄のうめ吉さんも爆笑、
横浜では音楽評論家の鈴木カツさんも、
詩人で翻訳家の室矢憲治こと
ムロケン兄さんも、もちろん大爆笑にきまってます!

フジロックでも人をいっぱい笑わせておくれ、ジャネット!
そして誰かフジと福岡のレポをちょんまげ!



追伸

Img_2294_2








渋谷ではジプシー・バガボンズの秀子ちゃんが競演を果たしました。
大正のお着物が可愛いですね。


Img_2296














モガ達もジャネットに会いに来ましたよ。
我らがモガ協会会長、淺井カヨさんのお姿も見えます。

(かずみ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 5日 (土)

【写真】レコ発ライブ ジャネット・クラインの「レディ・フォー・ユー」 2

「セピア色のオールド・タイム・レディ」ジャネット・クライン(Janet Klein)とハー・パーラー・ボーイズ(Her Parlor Boys)が新譜「レディ・フォー・ユー」("Ready For You")のレコ発ライブ、at スティーブ・アレン・シアター(Steave Allen Theater) の日に、お友達のフラッパー達と写真を撮りました。かずみは少年っぽくルイズ・ブルックスのような「Hobo Look」を目指して見ました。

タップダンサー Rusty Frankとかずみ
Rustykaz















Rusty Frank とIan WhitcombIanrusty
















Flapper Flockという素敵なウェブ・ショップを開いた、
chantelとNicole。その隣はClaudia姫です。
43staveallen3















ジャネットを囲んでフラッパーズ!
43staveallen2








ジャネットを囲んでフラッパーズ2
43staveallen4








Hobo JazzのベーシストMarquisとNicole夫妻。
最近、元気な男の子が生まれました☆
43staveallen6














(かずみ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

レコ発ライブ ジャネット・クラインの「レディ・フォー・ユー」

Readyforyou_2











2年のレコーディングを得て、「セピア色のオールド・タイム・レディ」ジャネット・クライン(Janet Klein)とハー・パーラー・ボーイズ(Her Parlor Boys)が新譜「レディ・フォー・ユー」("Ready For You")を発表しました!   日本ではバッファロー・レコードさんから4月16日(水)に発売予定です。フー!!!

かずみが滞在する、ここハリウッドでは昨日4月3日、スティーブ・アレン・シアター(Steave Allen Theater)で、レコ発ライブがありました。イェ~イ!

小さい箱ながら100人以上の人が駆け付け、コーラを飲みながらプレッツェルとアメリカン・ドックを食べて、CDを買ってました。

43staveallen1_2   







タイトル曲になりました「I'm Getting Myself Ready For You」は映画音楽で有名なCole Porter作詞作曲の名作で、 1930年に「Minnie the Moocher」の「ハリハリホ~♪」の掛け声で有名なキャブ・キャロウェイ(Can Calloway)のお姉様、ブランチ・キャロウェイ(Blanche Calloway)が歌ったホァ~ット!な曲です。

そして「Take A Number From Onr to Ten」 は前回2006年のツアーのアンコールでよく歌われていた曲で、「That's What You Think」もタイトル曲と同じ日に収録された、同じくお熱いナンバーですね。

43staveallen5














「Them Piano Blues」
ジャネットのお気に入りの変な作曲家 Robert Cloudの1927年の作品。 Robert Cloudは前回のタイトル曲「Oh!」の作曲家でもあるとか。 The Bilgwater Brothersのデビット・バーリア(David Barlia)とジャネットが美しいデュエットをしてます。



さて、きちんとした解説は、日本盤の鈴木カツさんのライナーをご参照いただく事にしまして、個人的に大好きな曲をピックアップしたいと思います。

「A New Moon is Over My Shoulder」
1930年代に活躍したThe Bosweell SistersのConnee Boswellが歌った曲です。ファッションからもにじみ出ていますが、ジャネットは1930年代のメロウなしっとりとしたミドル・テンポの曲が一番よく似合うと思います。ベティちゃんのようにおどけた感じもいいんですけど、本当に「sweet」なんです。これを聴くと、ロマンチックが止まりません。(涙)

Connee Boswell オリジナル・バージョンをどうぞ。

「Walkin' My Baby Back Home」
ルイ、ナット・キング・コール、ビング・グロスビー…、名立たる歌手は皆カバーした1931年の名曲です。同じくミドル・テンポ。これもまた目から液体が出てしまうぐらい、メロウな曲です。

The Foursome 1931年 コーラスが美しいです。
個人的にはNick Lucasのバージョンが好みです。
ジャネットはLee Morse & Her Bluegrass Boysの
バージョンを下敷きにしてるはず。

「Have A Martini!」
ええ、英国紳士、Mr. ティン・パン・アレー、Swinging Londonのど真ん中でラグ・タイムの研究をなさっていたイアン・ウィットコム(Ian Whitcomb)伯父様の持ち曲です。日本でいったら「酒が飲みたい」的な「マティーニを飲もう」。ジャネットとのデュエットも息がぴったりです。もちろん打ち上げは2人で「マティーニ」を飲んでます。

イアン伯父様一人の「Have a Martini!」。


「Sentimental Gentleman From Georgia 」
ディキシーランド・ジャズ界では有名なホットな曲です。注目すべきは演奏者2名、ギターのジョン・レイノルズ(John Reynolds)とヴァイオリンのベニー・ブライダーン(Benny Brydern)。
ベニーは2004年にジャネットともパーラー・ボーイズ来日を果たしました。ジョンはサイレント映画期のコメディ女優 ZaSu Pitts(オリーブ・オイルのモデル)のお孫さんで、 LAでも2人といない、オールド・スタイルのバカテクギター奏者。 ジャンゴ+アメリカン・ジャズが本当に上手く融合したギターを弾く人です。そして、彼のバンドThe Hollywood Hot Shotの月1ライブにはあの「ヴァン・ダイク・パークス」がよく遊びにくるという。何かと顔が広そうな方です。 とにかく2人で演奏しているとは思えない音数。そしてジョンのアメリカン・カートゥーンのような声とジャネットのデュオ。パーフェクトです!

いい映像がなかったので、CDが出るまで、
ジョンの歌声を堪能してください。
Rhythm Club All Stars play 「ダイナ」




会場では観光名所でよくある、顔を絵にはめ込んでヴィンテージ風の写真を 5ドルで撮ってもらうコーナーが設置されていました。このスタイルはコニーアイランドが発祥だそうです。これは新作ジャケットの中ジャケデザイン の元ネタになりました。

43staveallen8

43staveallen7_2 




















ちなみに日本盤特典の「銀座カンカン娘」と「泣かせて頂戴」はまだ聴いていません。「モガ」魂を歌っているジャネットのレコーディング音源楽しみですね~。

(かずみ)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年11月22日 (木)

日本モダンガール協會 始動!

2772963_15






つ、つ、ついに国内唯一のモダンガールの
淺井カヨお姉様を中心に、兼ねてより噂だった
「日本モダンガール協會」
(私の中では通称「モ協」)が始動しました!

>日本国に於いて、大正末期から
>昭和初期に現れた、「モダンガール」について
>研究、調査を目的に、また全国からモダンガールの
>実践をする方を募る目的で作りました。

し、し、しびれちゃうぜ、このうたい文句。
来年にはWEBが完成するそうです。
モガによるモガのための団体です。
来年はモガが熱いですよ!

今はmixiのコミュがあるので、参加しませう☆

mixi コミュニティ
日本モダンガール協會

ラジオデイズ blog インタビュー
淺井カヨ 「継続は力なり」 

(Rosy@かずみ)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年11月18日 (日)

The El Capitan Theatre

Elcap2_about_pic1 Elcap2_about_pic2 Elcap2_organ_pic1








本日は友人がTim Burtomの「Nightmare Before Christmas 3D」を 見たいと言ったので、ハリウッドの歴史的建造物 「The El Capitan Theatre」まで足を運びました。

普段だったら近所の映画館で済ませるところですが、 これはハローウィンの出し物なので、 上映している劇場はここと、ディズニーランドのみ。 しかも本日が最終日。危なかった。

The Chinese Theatreのお向かいに位置する The El Capitan Theatreはオリジナルは1926年に建てられた スペインのコロニアル・スタイル建築の劇場で、 the Egyptianとthe Chineseとthe El Capitanといえば、 ハリウッドでもっとも有名な劇場であります。

Will Rogers、Clark Gable、Joan Fontaineといった名だたる スターがステージをしたり、たくさんの映画のプレミアが公開されるなか、 最も有名な出来事は 1941年にOrson Wellesの「Citizen Kane」の プレミアがここでおこなわれた事だそうです。

何年から何年までとか詳しく書いてありませんでしたが、 1989年のリニューアルまでこの劇場は閉鎖状態で、 今ではディズニーの映画館になってます。

本日、初めて訪問しましたが、入り口の装飾からノックアウトされました。 無駄にゴテゴテ装飾された壁と、無駄にエキゾチックな壁紙、隋所に見られるアールデコ。 そして劇場内の中央に位置する、でっかいオルガン。
これですっ! きっとこれが私のハリウッドの劇場です! 今までなんでここに来なかったんだろうと、後悔の念すら残りました。 次回からはぜ~ったいに、映画はハリウッドで見ます。 何のためにロスに滞在してるってことですね。 もっと映画の都ハリウッドの隅々まで、探検すべきでした。 なんてこった・・・。

友人から聞いた話ですが、ダウンタウンのメインストリートにも 20年代に建てられた劇場がわんさかあるそうですが、 今では経営破綻して長い間放置されているのが現状だそうです。
「The El Capitan」しかり、自国が大好きな割には、 なんでもっと文化を大切にしないんだっ! と憤りを感じました。 シュワちゃん何とかしてよ! って感じです。

あ、ちなみにすっかりショッピング・モールになった、 「イントレランス」のセットをみました。 あの象とゲートもすっかりモールの一部です。
(Rosy @ かずみ)